クロガネ・ジェネシス
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第ニ章 アルテノス蹂 躙
第19話 クッキングバトル
騎士養成学園の教室。白一色のシンプルな壁と天井。床に固定されたテーブル。そのテーブルに固定された椅子。そこが講習を受ける者の席となる。その席は竜騎士《ドラゴン・ナイト》を志す人間で全て埋まっていて、彼らは皆真面目な表情で講習に望んでいる。
その中にはもちろん零児もいた。
「竜《ドラゴン》の中には、特定のカテゴリーに分類され、そのカテゴリー内での最上級竜《ドラゴン》を、総統龍《フューラー・ドラゴン》と呼びます。しかし、総統龍《フューラー・ドラゴン》の中にはあらゆるカテゴリーに分類されないものも存在し、そういった総統龍《フューラー・ドラゴン》は、単一総統龍《シングル・フューラー・ドラゴン》と呼ばれます」
零児の隣で、竜《ドラゴン》について述べているのは、女性だった。紫色のノースリーブに黄色のカーディガンを羽織り、同じ色のロングスカートに皮のブーツを履いている。大きめの丸めがねをかけているのも特徴だ。髪の色は赤みがかっており、活発さと知的さの両方がうかがいしれる。
教壇には齢《よわい》60を越えるであろう老騎士は彼女の説明に満足し、その隣の人物、即ち零児に目を向ける。
「それでは、アルテノス武大会で優勝した、鉄零児《くろがねれいじ》君。我々人間が手なづけることの出来る野生の竜《ドラゴン》の中でもっとも困難極まる種は、総統龍《フューラー・ドラゴン》であること。総統龍《フューラー・ドラゴン》はカテゴリーに属されるタイプと、カテゴリーに属されない単一総統龍《シングル・フューラー・ドラゴン》が存在することがわかった」
老騎士は視線を零児に向けたまま、一旦言葉を区切る。その零児は老騎士の言葉に黙って耳を傾ける。
「では、存在が確認されている単一総統龍《シングル・フューラー・ドラゴン》はどういったものが存在する? 3体名前を挙げよ」
わざわざ『アルテノス武大会で優勝した』という部分を強調しながら、老騎士が零児に問う。
アルテノスの武大会優勝者ともなれば当然のことながら注目を浴びる。今この場にいる全ての生徒も、零児に注目する。
この質問はかなり意地悪な問題だ。総統龍《フューラー・ドラゴン》は竜騎士《ドラゴン・ナイト》でさえほとんど手なづけることが難しいとされる竜《ドラゴン》達だ。そんなものを覚えたところで、実際の竜騎士《ドラゴン・ナイト》にとっては何の役にも立たない。現役の竜騎士《ドラゴン・ナイト》でさえ、こんなことを覚えている者はほとんどいないことだろう。竜騎士《ドラゴン・ナイト》と言えど全ての竜《ドラゴン》の名前を覚えているわけではないのだ。
加えて言うならアルテノス武大会優勝者は、本来なら必要最低限の知識を詰め込もうとする。その中には総統龍《フューラー・ドラゴン》のことを省く者が多い。
つまり、講師を務める老騎士は試しているのである。零児がどれだけこの分野のことを知っているのか、同時にどれだけ予習してきたのかを。
「あ、はい」
零児は立ち上がってその問いに答えた。
「私が知り得る中での単一総統龍《シングル・フューラー・ドラゴン》。1つは飛行竜《スカイ・ドラゴン》とは似て非なる竜《ドラゴン》、嵐総統龍《ストーム・フューラー・ドラゴン》、火山地帯にのみ生息し、火山灰を食料とする、火山総統龍《ヴォルケイス・フューラー・ドラゴン》、数ある竜《ドラゴン》の中でももっとも個体数が少なく、もっとも巨大な体躯を持つ竜《ドラゴン》に公爵総統龍《デュークス・フューラー・ドラゴン》がいます」
そこまで答え切ったところで教室内がざわめいた。
誰もこんな意地悪な質問に答えられるとは思っていなかったのだ。このことは教科書にも乗っているが、今開いているページには載っていない。
「……今年の武大会優勝者は中々に優秀なようだな」
老騎士も驚きの表情で零児をみる。
「君達も、彼を見習い、優秀な竜騎士《ドラゴン・ナイト》を目指すように! では、授業を続ける。教科書の……」
昼休み。生徒が午後の英気を養うための時間。
零児は中庭の噴水広場で昼食をとっていた。名前の通り中央に噴水があり、その周りは芝生になっている。中庭は騎士養成学園をコの字型で囲った形になっており、学園の廊下からその様子をうかがうことができる。
零児はそこで昼食をとっていた。この日の食事はバケットに入ったサンドイッチだった。作ったのはメイドのリーズだ。さすがに火乃木やシャロンが作ったであろう料理をそのまま持っていかせるわけにはいかず、リーズが作ってくれている。
「流石ね」
そこに1人の女性とがやってきた。
零児の隣で授業を受け、総統龍《フューラー・ドラゴン》について述べていた赤毛の女性だった。彼女の名は、マリナ・アルペリオンという。
「マリナか……」
「あ、何の用って顔してるわね〜」
「実際何の用だよ」
マリナは零児の隣に座り、自分の持ってきたバケットを開ける。零児同様、その中にはサンドイッチが入っていた。
どうにも零児は彼女に興味を持たれてしまったらしい。アルテノスの武大会で優勝する所を見て色々話を聞きたいんだとか。
「まあ、いいじゃない。お話しましょうよ」
「なんのだ?」
零児に女性と楽しく話をするスキルはない。零児は普段から必要最低限のことしか話をしない性質だからだ。
「そうねぇ……」
マリナは話題を探して少し思考し、すぐに言葉を紡いだ。
「零児は、なんのために竜騎士《ドラゴン・ナイト》になるの?」
問われて少し思考する。しかし、その思考は数瞬で終わった。
「ん〜そう改めて聞かれると、取り立てて答えられるような理由ってないかもな」
「じゃあ、理由も目的もなく竜騎士《ドラゴン・ナイト》になろうとしてるの?」
「そうじゃない。そもそも俺が優勝を目指した理由は、セルガーナを手に入れるためで、竜騎士《ドラゴン・ナイト》になるためじゃない」
零児が竜騎士《ドラゴン・ナイト》になる理由。それがあるとしたら、自分自身に博がつくからというのがもっとも適切かもしれない。
竜騎士《ドラゴン・ナイト》のアスクレーターはそれだけで依頼料金も仕事も増えるのだ。
「ああ。あの仲間を助けるためっていうあれ?」
「そう」
彼女に出会ってから昼休みはこんな調子の会話が続いている。しかし、いまだにマリナの真意はわからない。零児に気があるのかそうでないのか。そもそも興味があるとはどういう意味でのことなのか。
「そういうマリナは、なんで竜騎士《ドラゴン・ナイト》なんか目指すんだ? 見た感じ女性魔術師《ソーサリス》の方がふさわしく見えるけど?」
「魔術の勉強なら独学でもできるわ。私は竜《ドラゴン》が好きなのよ。それに家《うち》って行商の家計だからね〜。相棒の竜《ドラゴン》を手に入れて、商売しながら旅をするってのも乙なものでしょ?」
「なるほど。面白そうではあるな」
そう告げて、生ハムと卵サラダが挟まれているサンドイッチに噛みつく零児。
――あ、普通にうめぇ……。
「ま、どうせあと2週間しかないんだし、仲良くしましょ」
「そうだな」
軽く笑みを浮かべながら、零児はそう答えた。
それ以降、午後の授業を普通に受け、零児はグリネイド家の屋敷に帰宅した。
この日も火乃木かシャロンの作った料理のどちらかを食べさせられることになる。零児はそう覚悟していた。しかし、屋敷に帰ってきた零児を待っていたのは意外な展開だった。
「今日は食べ比べを行うわ!」
「は?」
食卓について突然アマロリットがそう言った。まったく意味が分からず零児は素っ頓狂な答えを返さざるを得ない。意味が分からないのは、この場にいる全員でもあるが。
今日は火乃木とシャロン、そしてアルトネールの3人が食卓にいない。
「あの、意味がわからないんだけど……説明してくれないかな? アマロさん」
「オホン!」
わざと咳払いをしてアマロリットはことの起こりを説明し始めた。
それは数時間前のことだった。
『今日はリベンジするの! ボクが夕飯作るの!』
『火乃木は昨日作った』
火乃木とシャロンは今日の夕食を作る権利を巡って言い争っていた。火乃木はどうしても夕食を作りたくて仕方がないらしい。
しかし、シャロンだってそれを譲るわけにはいかない。1日置きに順番に料理を出すというのは、アルトネールに料理の弟子入りをしたときに決めていたことだ。
『まあまあ、火乃木ちゃん。ちゃんとルールを決めてあるんだから、また明日……ね?』
『う〜……』
流石に師匠であるアルトネールに諫《いさ》められては言い返せない。それに火乃木だってわがままを言っていることはわかっている。しかし、料理でシャロンに負けたくはないのだ。
『話は聞かせてもらったわ!』
そこに突然第三者であるアマロリットが現れた。
『このあたしが、解決策を提示しましょう!』
自信満々に胸を張るアマロリット。アーネスカが根拠のない自信家であるところは彼女の影響なのかもしれない。
『どうするの? アマロちゃん?』
『姉さん……ちゃんづけはやめてくれる……?』
アルトネールに突っ込みを入れつつ、アマロリットはその解決策とやらを口にした。
『火乃木とシャロン! あんた達2人が料理対決をするのよ!』
『料理対決!?』
火乃木とシャロンの声が見事に重なった。
『そうすれば、2人とも料理を同時に出せるし、食べ比べさせればその場で2人のどちらの実力が上かはっきりさせられるでしょう?』
『なるほど!』
ポンと右手で左手の平を叩き納得の表情をするアルトネール。
『流石はアマロちゃんね!』
『い、いや……だから……ねぇさん』
『いよ〜〜し!!』
アマロリットを遮り、火乃木が気合いの入れた声を出した。
『負けないよ! シャロンちゃん!』
『望むところ……!!』
2人の間で熱い火花が散っていた。
「と、まあそう言うわけよ」
――原因お前か!
全員が心の中で突っ込んだ。
「で、なんでアルトネールまでいねぇんだ?」
「アルト姉さんも作ってるからよ」
ギンの問いにあっさり答えるアマロリット。模範解答として示すためらしい。
「ってことは作る料理は決まっているのか?」
続いて零児がそう問いかける。模範解答を示すということは、2人が作る料理が一致していなければならない。
「ええ。お題はパスタ料理よ! 基本的にパスタを使ってるならなんでもよし!」
――それ模範の意味あるんだろうか?
口に出して突っ込もうかと思ったが、すでに始まっている勝負に突っ込んでも意味がない気がしたので、とりあえず黙ることにした。
それから数分が経過して、料理が運ばれてきた。料理を運ぶための台車には全員分の皿が3つずつ乗せられている。火乃木とシャロンとアルトネールの3人が作ったパスタ料理なのだろう。
「おまたせしました〜」
アルトネールが丁寧に会釈をする。
「今回は火乃木ちゃんとシャロンちゃんが頑張って料理を作ってくれたので、皆さん味わって食べて下さいね。
全員あまり嬉しくなさそうなのは言うまでもない。唯一楽しみなのはアルトネールの作った料理だ。
「じゃあ、まずはボクからだよ!」
火乃木が嬉々として自分の作った料理の皿を零児達のテーブルの前に置く。
「じゃあ皆さん! ふたを取ってみて下さい!」
皿を並べ終え、全員に銀の蓋をとるように指示する火乃木。
そこから現れたのはスパゲティミートソースだった。パスタの上に乗せられた赤いミートソースと、その真ん中に少量かけられたチーズが何とも食欲をそそる。火乃木が作った以上、やはり味が気になるわけだが。
「お前が作る料理は基本見てくれだけだから、見た目がいい料理ほど心配だ……」
「な、なんだよ〜それ〜! おいしいって言ってくれたときだってあったじゃん!」
「クソまずい時もあったよ!」
「とりあえず食べてみましょうよ」
零児と火乃木の口げんかが勃発する。ヒートアップする前に、アーネスカがそれを制した。
「お、俺は遠慮させていただこう。タマネギの匂いがするからな……」
そう言って試食を辞退したのはバゼルだった。そして、ふと思い出したかのようにアマロリットがその理由を述べる。
「犬にネギ類はだめなのよね……そう言えば」
「せめて狼と言ってくれ……」
そう言うわけでバゼルは試食を断念し、それ以外の全員がミートソースの試食をすることになった。
「じゃあ、いただきます」
零児がテーブルにあらかじめ置いてあったフォークを、ミートソースのど真ん中に突き立てる。そしてくるくると巻いて口に運ぶ。
「ほう……!」
「どう零児?」
「美味いのか?」
アーネスカとバゼルが問いかける。
「珍しく普通に美味い……」
「珍しいは余計だ〜!」
火乃木の抗議を無視して、零児は味の解説を始める。
「パスタには卵麺を、ミートソースにはトマトペーストを使用している。そこに牛挽き肉を加え、細かく刻んだタマネギとニンジンを炒める際にはオリーブオイルに加えバターを……」
「また始まった……」
アーネスカがため息を吐き出す。零児は普通以上においしいものを食べた場合材料名まで言い当てて解説する。これはアーネスカが最近知ったことだ。そして、そこから具体的にどのようにしておいしいのかまで徹底的に解説する。すごい能力ではあるが、大抵誰も聞いてない。そして解説中にみんな食べ始めることもまた通例になっていた。
早い話が、火乃木の作ったスパゲッティーミートソースはおいしいと認められたわけである。
「今回は当たりだな」
「そうだね」
ギンとユウがそんな会話をしつつ口に次々とミートソースを口に運ぶ。
「やったー!」
火乃木がガッツポーズを取る。シャロンの料理は火乃木の料理がおいしかった場合は火乃木に劣る。火乃木はこの勝負において勝ちを確信した。
「それじゃあ、続いて、シャロンちゃんの料理を試食してもらいましょう」
「……(コクン)」
シャロンが無言で全員の目の前に自分が作った料理の皿を置いていく。
「じゃあ、みんな……ふたを取って下さい」
料理の配置が完了して、シャロンはそう言って、ふたを取るよう促す。そして、全員促されるままに、ふたを開けた。
「へ〜これはまたおいしそうじゃん!」
アマロリットが皿に盛られたパスタを見て感嘆の声を上げた。
シャロンのパスタ料理。それはスパゲッティカルボナーラだった。見た目はホワイトソースとパスタが和えてあり、野菜のブロッコリー、にんじん、コーンが絡み合っている。
「じゃあ、まあとりあえず食ってみるか」
またも零児が率先して食べる。シャロンの料理が安心できるかどうかは食べてみるまでわからない。それならば食べてみるしかない。
「いただきます」
先ほどと同じようにど真ん中にフォークを突き立て、パスタを口に入れる。さらにほかの野菜をいくつかも少しずつ食べる。
「う……!?」
途端に零児が呻いた。ということは……。
「零児……まさか……?」
アーネスカが恐る恐る訪ねる。次の瞬間返ってきた答えはシャロンにとって残酷な一言だった。
「すまんシャロン……これは……マズイ……」
「……!!」
シャロンは明らかにショックを受けている様子だ。今まで普通以下とは言われてきたがマズイと言われたことはなかったからだ。
「鉄《くろがね》君。どうしておいしくなかったのか、解説お願いね」
アルトネールがサラっと零児に解説を託す。
――マズイ料理の解説なんかしたくはないが、勝負という名目上それはいけないよな……。
仕方なく、零児はシャロンのカルボナーラの解説を始めた。
「え〜っと、まず基本的な部分は出来ている。コーンもニンジンもブロッコリーも下ゆでされてて、食感は柔らかくなっているし、ソースも問題ない。だけど、一カ所、致命的な失敗をしている」
「その失敗って?」
ネルが零児に続きを促す。零児以外の誰もカルボナーラに手をつけていないことを知ってか知らずか、零児はさらに解説を続ける。
「シャロンは味の決め手であるベーコンを焼く際、オリーブオイルとバターを使っている!」
それを聞いて全員が初めてマズイ理由を悟った。脂っこすぎるのだ。シャロンのカルボナーラは。
零児がシャロンのカルボナーラを口に入れた瞬間、口の中に広がったのは、ベーコンとオリーブオイルとバターという油の三重奏だったわけだ。
「さらにもう1つ致命的なことがある」
「まだ失敗があるの……?」
今までシャロンの料理は普通よりやや下回る程度だった。しかし、今回は明確に零児にマズイと指摘されている。その理由が気になって、アーネスカが零児にさらに続きを促した。
「カルボナーラと言えば……タイミングと出来立てが命のパスタだ。それなのに、大量の油と融合したホワイトソースで和えたパスタを火乃木の料理の後に出している。一歩間違えれば、ベーコンの脂が固まっていた可能性も否定できない」
「あ、うう……」
容赦ない零児の指摘にシャロンが何も言えずにいる。
「これはボクの勝ちなのかな?」
対して余裕なのか、火乃木は惚けた表情でそう漏らした。シャロンは不愉快そうな表情で火乃木を睨みつけた。
「なんかシャロンから……黒いオーラでてない?」
その様を見てアーネスカが目を丸くする。シャロンの表情は今まで見たことのない表情だった。
「ま、まあシャロン……」
「……?」
シャロンは不機嫌な顔のまま零児に視線だけを動かした。その迫力ある瞳に零児が気圧されそうになる。
「次、頑張ろうな……」
「……」
シャロンの表情が一気に沈んだ。流石にかける言葉が見あたらなくて、零児はそれ以上声をかけるのをやめた。
「じゃあ、この勝負は火乃木の勝ちってことでいいのかしら?」
アーネスカが締めに入ろうと、そう宣言する。
「ちょっと待て! お前らシャロンのカルボナーラ食べてねぇだろ!」
そこですかさず零児が立ち上がり、抗議の声を上げる。
「え〜だって、ねぇ?」
アーネスカは猫の亜人、ユウに目配せした。
「う、うんうん! 脂っこいのはちょっと……太っちゃうし……ねぇ?」
そして、ネルに視線が移る。
「え? あ、うん。そうだよね……」
――コイツラ……。
殺意が沸き上がりそうになるがそれを堪《こら》える零児。
「だが実際、零児のジャッジだけでも勝敗は決められそうだと思うがな」
バゼルの言うとおり、零児のジャッジだけでも火乃木とシャロンのパスタ料理の優劣をつけることは十分可能だ。そして、零児自身もそれは理解している。
――まあ……確かにその通りではあるんだけどな……。
「じゃあ、もういいんじゃねぇか? この料理勝負の勝者は……」
「ちょっと待った!」
ギンが勝敗について意見しようとしたとき、アマロリットがそれを遮り待ったをかける。
「みんな忘れてない? あたし達にはまだ、試食、審査を行っていない料理があるということを」
――あんたまともに試食してないけどな……。
零児は心の中でそう突っ込みを入れた。
「え? それってまさか……」
火乃木の顔が引きつる。火乃木の料理とシャロンの料理。今回の食べ比べ、もとい対決はこの2人の料理で行うものだった。
しかし、アマロリットの言うとおり、まだ食べていない料理がある。それは……。
「そう! アルト姉さんのパスタ料理はまだ誰も食していないわ!」
「ええええええ!?」
火乃木が素っ頓狂な叫びをあげる。
「面白そうだな。1位決定戦といこうじゃねぇか」
――シャロンが3位なのはもう決まっているのな……。まあ俺もそう思うけど。
「ちょ、ちょっと待ってってば! ボクの料理が師匠にかなうわけないじゃ〜ん!」
「シャァ〜ラップ!」
アマロリットの叫びがこだまする。
「往生際が悪いわよ、火乃木。誰も火乃木とシャロンの1対1の勝負だなんて言ってないわ!」
――都合のいいこと言ってんなこの人は……。というか何なんだこの展開は……?
アマロリットの妙なハイテンションについていけなくなり、零児は心のどこかで呆れた。
「じゃあ、アルト姉さん。姉さんの料理を披露して」
「ええ。そうさせてもらうわ」
しかしながら、この時をこの場にいる全員が心のどこかで待っていたこともまた事実だ。アルトネールの料理がおいしいことは周知の事実なのだから。
アルトネールは執事のベンとメイドのリーズに料理を運ばせ、さらに蓋を取るよう指示した。そこから現れた料理は……。
「これは……」
相変わらず真っ先に口を開いたのは零児だった。
「ミートソースのようだが……」
バゼルが続いて口を開く。アルトネールが作ったパスタは火乃木が作ったのと同様ミートソースだった。だが火乃木の作ったミートソースとは決定的に違う部分があった。
「唐揚げが乗ってるわね。一口サイズの……」
そう、火乃木の作ったミートソースとの違いはパスタの周囲にいくつも乗せられた鳥の唐揚げだった。そのどれもが一口サイズで、あっさり口に入れられそうな大きさではあったが。
「じゃあ、さっそく……」
「あ、ちょっと待って……」
零児が食べようとしたときアルトネールはそれを止めた。
「これをかけてから食べるのよ」
そこでアルトネールは小さな小瓶を取り出した。遮光性《しゃこうせい》の瓶に入れられた謎の液体だ。
「ベンさん。お願い」
「かしこまりました」
ベンの手によってその小瓶の中身が各自のミートソースの周辺に盛られた唐揚げにかけられていく。
なぜか唐揚げにしかかけられないことを疑問に思うが、アルトネールは「唐揚げにだけかけるのよ」としか答えなかった。
「じゃあ、皆さん召し上がれ」
全ての唐揚げに謎の液体がかけられるのを確認して、アルトネールはそう告げた。
「…………」
その中でバゼルは渋い顔をしてその料理を見つめている。
「大丈夫よバゼル。あなたのことを考慮に入れて、ネギ類は一切使ってないわ」
「そ、そうか……。感謝する……」
――本当に犬だな〜この人は……。
「零児……今俺のことを犬と思っただろう?」
バゼルが刃の如く鋭い目つきで零児を睨む。零児は狼狽しつつも答えた。
「ハッハッハ。さ〜てなんのことかな〜?」
「……」
バゼルは無言で零児の言葉を飲み込んだ。
「と、とりあえず、いただきましょうよ!」
アマロリットがそういって、アルトネールが作ったパスタを口に入れる。
それに続いて零児達も料理を口に運んだ。
「う、美味い……」
「何……この味?」
バゼルとアーネスカがそれぞれ感想を述べる。アマロリットもそれに続く。
「ミートソースの味は平凡なのに、なぜか爽やかで、脂っこいはずの唐揚げもミートソースの味とケンカしていない!」
「レモン汁だな……」
そこで零児が初めて口を開いた。全員が零児の解説に耳を傾ける。
「これはミートソースじゃない。ソースには挽き肉が一切使われていないからな。しかし、唐揚げが挽き肉の代わりになっているんだ。しかし、唐揚げは言うまでもなく、油で揚げるものだし、唐揚げ自体も下味がついている。普通なら唐揚げプラスミートソースはかち合わない。しかし、さっきかけられたレモン汁がその難題を解決している」
零児の解説はさらに続く。
「レモン汁によって爽やかな酸味がプラスされた唐揚げのおかげで、火を通すことで失われたソースの酸味の代わりを成している。それだけじゃない。レモン汁が少量ではあるがパスタにもかけられていて、全体的に爽やかな味付けが施されている。さらにレモン汁には、油や脂肪の吸収を抑える働きがあり……」
「も、もういいわ零児! ありがとう」
長くなりそうなので、アマロリットはここいらで零児の解説に歯止めをかけた。
そんな中、先ほどからアルトネールのパスタを必死になって口に運んでいる人物がいた。
「お、おいしいれふ〜……」
火乃木だった。彼女はおいしさのあまり涙で頬をぬらしながらパスタをすすっている。それを全部食べ終えて、火乃木はアルトネールの前で土下座した。
「おみそれしました! 師匠! 今後ともこのボクに料理の伝授を〜!」
それは火乃木が自ら負けを認めたということだった。
「ええ。もちろん、今後もあなた達2人に私の技術を伝授するわ」
「よろしくお願いします〜!」
「じゃあ、そろそろ閉めましょうかね」
アマロリットが料理対決の終了を宣言する。
「火乃木対シャロンの料理対決は火乃木の勝ち〜! アルト姉さん含めると2位〜!」
――グダグダ感がすげぇな……。
語りたいことを語り終えて、流れに身を任せていた零児は心の中でそう思った。
こうして料理対決は唐突に始まり、唐突に終わったのであった。
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